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はじめまして  投稿者:イシカワ  投稿日:2008年 8月20日(水)20時33分7秒
  お手紙ありがとうございました。 パソコンがないので、娘のパソコンからおじゃましました。  

ありがとうございました  投稿者:西村光弘  投稿日:2008年 7月22日(火)07時01分7秒
   早速読んでいただきありがとうございました。ご意見どうもありがとうございました。
 『アルセスト』論争の後10年くらいして新旧論争が本格的に始まると、宗教と政治をペローは密接に絡めて発言をするようになると思います。「世俗的な主題」に対する「敬虔な主題」の優位という位階序列掲げ「敬虔な主題」を扱えと迫ってきます。それに対して、古代派は抵抗するという構図です。ペローは理性と感覚の位階序列も付けます。なので、音楽は感覚に最も訴えるため、最も端っこに追いやられることになります。
 宗教を考えずに新旧論争を考えることはできません。宗教は私自身不勉強なので、勉強しなければと思っています。
 

論文読みました  投稿者:Sekko  投稿日:2008年 7月20日(日)18時30分27秒
   大筋はその通りだと思います。
 あの時代の古典の優劣について、他のパラメートル、というより、通低に流れていて重要なのは、「救済論」だと私は見ています。単にレトリックじゃなくて、みんな死ぬ前には本気で気にしてたみたいだし。
 つまり、古代の哲学者、論理学者、文学者らは「真実」には迫っていたが、「キリスト教を知らなかったので、救いの前には無知だった=救いからは排除されていた」と言う前提があり、それは、古代研究や古代賛美の「大前提」であり、その自由を保証するものでした。
 そしてキリスト教の神の絶対性と優越性を保証することは、絶対王権の担保として欠かせなかったわけです。しかし、ローマ教皇の権力を迂回するために、フランス王の賛美には古代のアナロジーが有効でした。
 権力者が、「王」になった後、いかにして自分を「神」にするか、神になるか、というテクは、ナポレオンにも継承され、フランス・バロック・オペラはその豊かな源泉になっていたと思いますね。
 

大変嬉しいです  投稿者:西村光弘  投稿日:2008年 7月17日(木)18時42分5秒
   私も権力をキーワードに、新旧論争の前哨戦『アルセスト』論争を捉えて論文を書いています。読んでいただけたら大変嬉しいです。私のメールアドレスを載せてあります。ご連絡いただければ、wordで原稿をお送りさせていただきます。
 まだこれから研究をして、長い論争を追っかけていかなければならないのですが、おぼろげながら、近代派が新しい啓蒙の世紀へ繋がるのではなく、古代派がこれへと繋がっていくのかなと思っています。
 音楽の面では、面白いことに近代派が支持するのは実はその当時だんだんと古くなりつつあったポリフォニー音楽です。権力と音楽ジャンルやスタイルとがどう結びつくのか気になるところです。
 

是非読ませてください  投稿者:Sekko  投稿日:2008年 7月16日(水)20時22分43秒
   この文学論争は進歩主義史観と黄金時代史観のイデオロギー対立、または古代のパガニズム倫理観とキリスト教価値の対立みたいなコンテキストで語られがちですが私は全く別の見方をしています。
 それは権力の誘惑とその表現という見方です。
 それには、16世紀のProsimetre の成立と、フランスのバロックオペラにおける序幕の成立、さらに、革命後ナポレオン1世の紋章やシンボルつくりに果たしたフランス・バロックの表象という4世紀にわたる流れを見なくてはなりません。かなり興味深いのですが、4世紀にわたる視野を持つ研究書にはであったことがないので、全部手探りということです。
 西村さんのこれからの課題で、文学論争が音楽スタイルとどう関わっていくのかもスリリングなところですね。
 

論文  投稿者:西村光弘  投稿日:2008年 7月16日(水)01時10分51秒    編集済
  こんにちは、お元気ですか。
日本の大学に提出するために論文を書いています。1674年に上演されたリュリのオペラ『アルセスト』にまつわる論争についてです。論争は、シャルル・ペローとラシーヌの間で繰り広げられた文学論争です。古代と現代とで趣味は変わるのかということが、議論されています。なぜ2人はこれを議論したのか、背景を考察してみました。
これがあと2,3日で終わると、新旧論争の中で扱われた音楽についての研究に取り掛かります。こちらを今回フランスで勉強しに来ました。ポリフォニーかホモホニーかの議論になると思います。
 

こちらこそ  投稿者:Sekko  投稿日:2008年 7月 1日(火)05時22分59秒
   みなさまご無沙汰してました。

 西村さま、連日のお越し、お疲れさま。
私は今日もう一度弾いて、今学年の活動は一応終了です。5月後半にフランスを留守にしていた遅れを取り返すのに大変でした。
 これからの2ヶ月は、久しぶりに夏にフランスに残って仕事します。
 基本的に引きこもることが多いと思うので、17世紀後半の音楽美学について何か discussion pointue があればここで展開してみてください。こちらも気分転換になります。

 その前の朝川さんの禅の話、「Soyez Zen !(まあ、落ち着いて)」って言うのは、中学生でも使いますね。なんか、仏教っぽい用語って、エコロジーな感じってことで使われてる感じがしますね。

 maiさま、お兄さま、よかったですね。きっとmaiさんのやさしい心が通じたのでしょうね。

 奇跡治癒の基準、精神的な病も今は対象になるみたいです。特に心身症。
 精神の好調、不調はみな、体だけでは説明できないし、自力の克服も難しいですね。ネット上で、回復を願う周りの方の祈りの善意の受け皿があるのはいいですね。そういう善意の連鎖そのものが、苦しい時期にはそれだけで奇跡みたいに思えて感謝したくなります。
 

ありがとう  投稿者:西村光弘  投稿日:2008年 6月29日(日)07時18分53秒
  27日(金)の講演会勉強になりました。そして昨日土曜日のコンサート、そしてその後のパーティ、お招きいただきありがとうございました。色々な人たちとお会いし話しが出来、とても楽しませていただきました。ありがとうございました。  

そうですか  投稿者:朝川 渉  投稿日:2008年 5月25日(日)08時50分3秒
  KGOTOさん、教えて下さってありがとうございます。
静かにすることを表すのに、フランス語では「Zen」ではなく別な言葉もあるはずなのに、仏教用語が用いられているのに興味を持ちました。
 

Zap et Zen  投稿者:KGOTO  投稿日:2008年 5月25日(日)05時44分55秒
  >禅車両
ご指摘の車両はSNCFのidTGV(格安TGV)サービス Zap et Zenの事を指摘されて
おいでと考えます。
これは、飽くまでコンセプトを説明したものであり
DVDやゲームを貸し出して、移動を楽しむというZap車両に対し
携帯電話の電源を切り、案内アナウンスも車両の検札も無くした静かな移動を保証するZen車両となっております。
また、このようなサービスが2007年に導入される前から
日本ではサイレンスカーサービスが既に新幹線で導入されています。
(JR西日本にて)
あしからず。
 

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