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(無題)

 投稿者:テレサ  投稿日:2020年 7月10日(金)12時18分16秒
  『犬の帝国と猫の共和国』は、子ども向け小説のタイトルのようで可愛いですね。
可愛らしさは全くありませんが「アメリカにNOと言える国」の方は、竹下先生の著書を普段は手に取らないような方が、興味を惹かれるタイトルなのでは~と思いました。本についてた帯には、「日本は、今こそフランスを見よ?」と本のタイトルよりも大きい字で書かれてあり、さらに「日本が生き延びるための第三の道を探る」とワンちゃんとネコちゃんという雰囲気とはかけ離れた激しい言葉で書かれていました。2006年初版の本ですが、日本に対して、まだ間に合うぞ!と思いたいです。


 私は決して動物好きではありませんが、唯一、関わった犬が一匹だけいます。知人から頼まれ飼うことになり、その後マンションに引越したため飼えなくなり、押し付ける形で実家に世話を頼み、やはり14年ぐらい生きてその犬は、そこで亡くなりました。私の実家は、もともと動物を飼うような家ではありませんでした。でも父がその犬を最後まで世話をしてくれました。まさに父とその犬は“一対一の関係性”でした。家族みんな動物を飼うことに慣れていないので、老衰で亡くなる間近の様子を思い出すと、もっとこんなことしてあげればよかったとか、今でも思います。そして、その犬が亡くなってしばらくすると、私が小学生の時からあった毎年実をつけていた栗の木をはじめ庭にあった数本の木が枯れてしまいました。狛犬のように家を守ってくれていたのかと不思議な感じがしました。たとえ動物でもご縁があって出合うのだと思っています。

“バロック音楽の本(音楽之友社)、『聖女の条件』(中公)に続く、ユニヴァーサリズム擁護の三部作”という貴重な言葉をありがとうございます。
参考にさせていただき、先生の著書を読み進めたいと思います。


 
 

テレサさま

 投稿者:Sekko  投稿日:2020年 7月 7日(火)19時02分44秒
  ご愛読ありがとうございます。

『アメリカにNO…』は私のつけたのは『犬の帝国と猫の共和国』というタイトルだったんですよ。
犬型のストラクチャーが必要だというのもよく分かります。でも私は相変わらず猫たちに教えられています。

犬はやはり「一対一の関係性」で、私の犬はバレエの友達にもらってきてから15年も生きてくれた犬だけ。タクシーの中で私の膝にのせていたカゴの中のあの子を忘れません。

愛するペットが、子供から大人になって年取って死んでしまうというサイクルを見るということは子供にとって、代え難い体験になるとつくづく思います。

あの本は、その前に書いたバロック音楽の本(音楽之友社)、『聖女の条件』(中公)に続く、゜ユニヴァーサリズム擁護の三部作なのです。フランスの状況はその後どんどんとネオリベ資本主義の功利主義へと突き進んでいきましたが、私の立場は変わりません。

私の伝えるメッセージを必要としてくれている人に届くといいのですが。
何を書く時も、できるだけ誠実に、嘘をつかないことを心がけているので、自分でも、いろいろ読み返してみて変な話ですが、「同志の書いた本だなあ」と思ってしまいます。

「コロナ後のミサ」については最近すごく面白いエピソードを知りました。ブログで紹介するか、『カトリック・サプリ』の連載で紹介するか迷っています。

まあ結論を言えば、ミサに行くとか行かないかをストレスの種にしないで、自分が周りの誰かに役に立てることがあれば少しでもやっていきましょう、ということにつきますが。

http://www.setukotakeshita.com/

 

(無題)

 投稿者:テレサ  投稿日:2020年 7月 6日(月)16時58分35秒
   日本国内だけでなく、子どもにひどいことをする大人は世界中に存在していますね。

>子供のひどい虐待などの記事を読んだりすると頭の中で「この親、死ねば」というフレーズが浮かぶことに自分で驚いたことがあります。

 私は20年ぐらい前に、子どもの商業的性搾取根絶を目指すNGO(https://www.ecpat.org/)の活動に日本で10年ぐらい関わった時期があります。
このNGO設立のきっかけになった国際会議がタイのチェンマイで90年代初期にあったのですが、この会議を主催した団体がプロテスタント系の団体であったこともあり、この会議の報告書の最初のページに“幼い者に悪を行う者は、石臼を付けて海に沈める”という聖書の言葉が書いてありました。この活動に関わっている間、国内外問わず、打ちのめされるぐらい本当にひどい話を聞く機会がありましたが、いつもこの言葉を心に留めて気持ちを支えていました。

 私はカトリックなのですが、いつもミサの前に唱える「お告げの祈り」の言葉が好きです。「み言葉は、人となり私たちのうちに住まわれた」というフレーズがありますが、言葉は、その人のなかに住むものなのでしょうね。

 先生が、フランスでのミサの状況を伝えてくださいますが、東京(私が行ってる麹町教会)では、ずっとミサは中止でしたが、6月以降、各自で7人以上100人以下のグループを作って申請すれば、ミサが受けられるようになりましたが、実際には当面のあいだ通常のミサはできないんだな~と思っています。

 それでも図書館はところどころ再開し、返却や予約で借りることができるようになっているので、「さようならノストラダムス」と「アメリカにNOと言える国」を借りて読みました。「アメリカに~」はもう一度しっかり読みたいと思い、ネットで(書店では購入不可でしたので)購入し、併せて「聖者の宇宙」(中央文庫)も購入しました。(以前、青土社の方は図書館で借りて読みました)

 竹下先生の著書は、コロナで時間がある間に少しでも多く読みたいと思っています。次は何を読もうかと公式サイトの「Sekkoの本」と「おたより」のページを参考にさせていただいています。
「アメリカにNOと言える国」は、「女のキリスト教史」とは切り口が違いますが、根底に流れているものはと同じものを感じました。
とにかくもう一度「アメリカにNOと言える国」をじっくり読みます!










 

テレサさま

 投稿者:Sekko  投稿日:2020年 7月 6日(月)07時14分14秒
  そうですね。あの「日本、死ね」の時も私はショックでしたが、ネット上のコメントなどで、「死ね」とか「死ねば」とか「終わってる」などの言葉のハードルが低いのは知っていたので、「目で見る」限りは、なんとなく慣れてしまって、子供のひどい虐待などの記事を読んだりすると頭の中で「この親、死ねば」というフレーズが浮かぶことに自分で驚いたことがあります。

それこそブログに書いたように、子供のころは禁句だったので今でも口にはしませんが、今の人って、いろんなゲームで「死んだ、殺された」など、と口にするのも普通みたいなので、親のコントロールも難しいでしょうね。私の母は空襲を体験した人で、目の前で死んでいく人を見たトラウマがあったので、ほんとに「死ぬ」という言葉が嫌だったんだろうと思います。

私は中学生から社会人まで、時々頼まれて日本語の個人レッスンをしているのですが、みんな、マンガで日本語を覚えるので、マンガの口語は私よりよく知っている人もいます。
でも、ネイティヴでない日本人が日本人と話すには、完全に「仲間」の関係でなければ、やはり敬語を使うのが大切だよ、と教えています。

それにしても、確かに、変な言葉でも目で見るだけでも慣れてしまうのに、テレビで大声で女の子キャラに叫ばせるなんてあんまりだと思いますが、あれも「慣れてしまう」んでしょうね。

どうせなら、バランスをとるために、「ぼーっと生きててもいいんだよ」って言葉も耳にしたいですね。

ともかく、子供たちに接する親世代、祖父母世代が、意識してきれいな言葉、思いやりの伝わる言葉を使い続けることが大切だと思います。

私は今も親に感謝していますから。

http://www.setukotakeshita.com/

 

7月5日ブログについて

 投稿者:テレサ  投稿日:2020年 7月 5日(日)15時40分29秒
  お久しぶりでです。2回目の投稿になります
5月、初めての投稿に、先生から丁寧な返答を頂き、大変嬉しく思っていました。

さて今回は、7月5日のブログに書かれていた内容、大変共感しました。
日本語に対する日本人の感性がおかしくなってる事、私も日々感じます。
以前国会で取り上げられた、ある母親からのツイートが話題になりました。保育園不足で自分の子どもが入園できない事に怒った発言で「日本、死ね」と言うものでした。この掲示板をご覧になってる方々も、記憶にあるかと思います。

私がまずビックリしたのは、「死ね」と言う言葉を、母親という子どもを育てる立場にある大人が、しかもオフィシャルな場で、使用していたことでした。さらにそれを取り上げたのが女性議員で、議論の方向は、保育園不足に関することで、誰もこの母親の言葉の表現について指摘しない。

私は、幼い子どもを持つ母親が、このような言葉遣いをしてる事がショックでした。
また、怒りの言葉だから当然のことのような取り上げ方をしたのが女性議員であったことも、ショックでした。政府を批判する事ばかで、“日本の将来を担う子どもを育ててる親がこのような言葉遣いである事は我が国の将来的に問題だ”と、一言ぐらい言ったらと思ってしまいました。
親が、もっと子どもとゆっくり向き合える家庭環境を目指すべきぐらい言ってもよかったのではと、国会そのものに対しても失望しました。
今幼稚園児の姉妹を育ててる私の娘も、「チコちゃん」はみせたくないと言ってましたが、せめて語尾を、「じゃねーよー」ではなく、「ないよ~」ぐらいにとか思うのですが、そもそも抵抗を感じない人から、どう違うのかという質問が返ってきそうです。我が家では、語尾を後者に言い換えて言ってます。

いつも竹下先生のブログは、専門的なことから些細な事まで、勉強にもなり面白いので読ませていただいてますが、今回のご指摘は、学校であれ家庭であれ教育の現場はもちろんですが、子ども達にとって、とても大切な事だと思い、共感の思いを投稿させて頂きました。
 

マスク舞踏会

 投稿者:岡村久  投稿日:2020年 6月20日(土)23時28分58秒
  なるほど。昔、会社の編集の手引という小冊子に、人は目を隠すと誰だか分からないという説明があって、顔写真の目のところが黒線で隠されていたので、確かに目を隠すと誰だか分からないと納得しましたね。フランス人は目ではなくで口と鼻を隠すと誰だか分からなくなってしまうのかと思ってしまったので。

日本では新しい生活様式という名のもとに人間らしい暮らしが否定されているのに、ほとんどの人はそのことに不満を表明していないようなのです。それをおかしいと思う人はほとんどいないみたいです。それ、変と思っているのは私と私の同志、その関係者のごく少数だけみたいですね。

今日も午後に新宿駅に行きましたが、マスク一色です。不気味ですよ。仮面舞踏会に一人だけ仮面なしで乗り込んでいったような。
 

中国のマスク

 投稿者:Sekko  投稿日:2020年 6月20日(土)06時21分49秒
  それは、今の生徒や生徒の親なら分かってしまいます。
でも、私は町の中心部に住んでいるので、久しぶりにすれ違う人もたまにいるのです。
こちらはとっさに相手の名前が分からなくて焦ることもあるので。

で、マスクをしていると、私の方が、人の顔を見ないように、会っても気づかないふりができるので楽だということです。にっこり微笑み合う必要もないし。

なるほど、日本はやっぱり武漢のニュースが深刻だったのですね。フランスではそうはいっても、遠い国の話という感じでした。まさかお隣のイタリアに上陸するとは思ってもみませんでした。

で、今は北京の「第二派」の映像でやはり全員マスクの様子ばかり映されていますが、暑さとかはどうなんでしょうね。もともと大気汚染がすごかったところだから、マスクをつけなれているのかしら。

今週からレストランが解禁になったので、今夜3ヶ月ぶりに練習の後で近くのレストランに仲間と出かけました。客は私達だけで後はすべてテイクアウトやデリバリーの注文でした。

日本ではレストランでも向かい合わないであまり話をせずに食べるのに集中して、なんて言われているようですね。フランスのレストランではさすがにそんなこと言ったらアイデンティティの崩壊です。向かい合って2h30おしゃべりしまくりました。4月の日本公演に行くはずだった仲間との3ヶ月ぶりの練習と食事でした。もちろん往復もマスクなしでしたよ。

http://www.setukotakeshita.com/

 

フランスのマスク

 投稿者:岡村久  投稿日:2020年 6月19日(金)22時56分31秒
  昔の生徒さんや生徒の親御さんと出会っても、マスクされてると認識できないから、挨拶しなくて済むということなのでしょうか。今日はスーパーで家内のママ友を見かけ、帰宅途中に斜め上にお住いの若い奥さんとすれ違ったけど、誰だか直ぐに分かりましたよ。挨拶したし。お二人ともマスクしてましたけど。

新コロは感染したその日に発症し、重篤化し、亡くなることはないでしょうが、熱中症はその日のうちに亡くなることがあるので、新コロよりも怖い病気です。暑いと思ったらマスクを外す。政府が何と言おうと、自主的にそうしていかないと。

武漢の1月の映像を見ていて、2ヵ月後の日本もこうなると身構えていましたが、そんなことはなかったですね。歩いている人が突然倒れて亡くなってしまう映像とか、あれは本当にあったことなのかどうか、今となっては疑問です。



 

日本のマスク

 投稿者:Sekko  投稿日:2020年 6月19日(金)02時39分16秒
  そうですね。日本のマスク同調圧力って、もうこれからの季節は熱中症のリスクの方が高くなりますね。でも、新型コロナに関わらず、何らかの感染症がある人が咳やくしゃみをすると飛沫感染のリスクはあるのですから、気持ちはなんとなくわかります。
私も、人がたくさんいるところでは「私以外のすべての人がマスクをしててほしい」って内心思ってしまうことがあるので…。

その一方、今はフランスでも堂々とマスクを着けて外出できるので、どこかにも書きましたが、匿名性が高くなって、近所で昔の生徒や生徒の親とかに出会っていちいちあいさつしなくても済む、なんていう利点も感じてしまいます。

だから、つい近所を歩くときはマスクをしますが、そしてメトロなどでは今のところ「義務」ですが、他の場所では、みんな適当な感じです。

今は北京での「第二派」がフランスでも話題ですが、北京の人口の三倍しかないフランス全土の今の「アンダーコントロール」での感染者数と比べると、比率で言うと今でもフランスは北京の倍以上の新規感染者が出ていますし、もう「中国発の恐怖煽り映像」には影響されたくない、という感じです。新規感染者ゼロじゃないとだめなんて思わせるのはそもそもどこかおかしいんじゃないかって感じです。

特に子供たちへのマスク着用圧力は問題ですね。

私はもうだいぶ前にこのブログを読んでなるほどだと思いました。

http://natrom.hatenablog.com/entry/2020/03/27/111040

子供がいなくて、また小学校の教師とかでなくてよかった、とつくづく思います。

日本の「鎖国」ぶりもいつまで続くのか気になります。
でも、こうやって、マスクなしでネットでやり取りもできる時代ですから、まずは「様子見」しかありません。

ストレスが免疫力を落とすのは確かみたいですから、リラックスしていきましょう。




http://www.setukotakeshita.com/

 

(無題)

 投稿者:岡村久  投稿日:2020年 6月18日(木)22時31分42秒
  パソコンって勝手にいろいろなことをしてくれるので、困ることあります。付き合っていくしかありません。読んでいて、おかしいと思ったことがあれば連絡します。もうすぐ68歳になる暇人年金生活者ですから、時間はたっぷりあるので7。

日本はマスク、マスクですが、私はマスクはせずに日々の買い物に出かけています。ウィルスはとても小さくて、マスクの網目を軽々と通り抜けるから、マスクしても感染防止にはならないと思っているので。マスク警察が来た時のために、「マスクでウィルスは防げない」という写真L版の資料を自作し、スーパーの人や近所の人に配っています。そのことは知っているけど、他人の視線が恐くて夜に犬の散歩に行く時もマスクをしているという同年代の女性もいます。マスクしないという同年代の女性もいます。その方のご主人は通勤電車でもマスクをしないので、周りから白眼視されるけど、それが快感だとか。
 

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