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Sekkoさま

 投稿者:小寄道  投稿日:2018年10月16日(火)17時10分34秒
  ネラン神父は、日本の学生たちには生きたフランス語、ネイティブの発音で話しかけることを心がけたそうです。
日本語を使いすぎると、むしろ注意をうけたとのこと。

積んどく本になったかもしれないネラン神父の本、お蔭さまではやく読め、じつは愛着がわいてきたのでした。
遠藤周作の『おバカさん』もブックオフで見つけ100円で買うことになりました。

ということで、いろいろと有難うございました。では。
 
 

問題ありません

 投稿者:Sekko  投稿日:2018年10月15日(月)22時31分27秒
  いえ、ブログにも書いていますが、ネランさんとは、確かフランス哲学の枠の授業に出ていただけで、提出したふたつのレポートへの書き込みだけが個人的な接点です。
彼がフランス語しか話さなかったので、フランス語が苦手な私は話そうとも思いませんでした。実は日本語がペラペラでいろいろな学生とも接点があったんだなあというのはそれこそ文庫本やネットで知りました。大体彼が宣教師であったという認識があったかどうかすら覚えていません。普通の背広でしたし。アヌーイ神父はローマンカラーの司祭服でいかにもという感じでしたが、和文仏訳の授業で日本語ペラペラなのが分かっていましたから。

情報量の違いもありますが、若い時の方が警戒心が強かったというか、今思うともったいないことをしたなあ、と思える貴重な先達との出会いを無駄にしたのが悔やまれます。

どちらにしても、ネラン先生に教わった(猫に小判でしたが‥)ことがあるのは事実ですからお気になさらないでください。

http://www.setukotakeshita.com/

 

Sekkoさま

 投稿者:小寄道  投稿日:2018年10月15日(月)21時36分4秒
  ご丁寧な返信と、愚生のミスへの心づかいに頭が下がります。

ネラン神父のことですが、「私は個人的にお話したこともなく」とありますが、 竹下さんのブログ2010-12-26の「2人の神父さんの思い出」によると、
ネラン神父からフランス語をマンツーマンで習ったのではなかったのでしょうか?
拙ブログには、その旨のように書き記しています。

「直接関わったことのあるカトリック関係の人はアヌーイ神父とネラン神父の2人だけ」ということで、こちらが勝手に師弟関係のように思いえがいたのです。
拙ブログの修正は必要ですか?

『おバカさんの自叙伝半分』を半分ほど読みました。
長崎から出てきたネラン神父は、真生会館を拠点にして宣教活動をしていたのですね。
三浦朱門さんの洗礼も、ネラン神父が真生会館でとりおこなったと書かれてありました。

そういった典礼のような儀式もおこなう会館なんですね。
愚生は、信者さんの便宜をはかるとか、宣教PRのための施設なのではと思い込んでいました。

ともかくも、色々とありがとうございました。
 

小寄道さま

 投稿者:Sekko  投稿日:2018年10月15日(月)18時45分17秒
  まず、ネラン神父のサイン本、どうぞお手元に。私は個人的にお話したこともなく、自筆サインも見たことがありませんが確認してくれる人は多いと思います。日本語の字がかわいいですね。

ネットで信濃町(特に真生会館のある北側)の地図を拡大なさると分かりますよ。中央線の各停でここから乗る人が隣の乗客にパンフレットを配っていたのを見たこともあります。
創始者のいう通り平和のために活動してくれることを期待しています。

真生会館の字の間違い、「私」的には気にならないのでスルーしてください。分かっていても、近頃のキイボードは勝手にどんどん変換していくので私もしょっちゅう、笑える間違いから蒼くなる間違いまであれこれ発信してしまってます。真生会館の人だってよくある間違いだからいちいち気にしてないと思いますよ。
まあ「真生」というのはキリスト教のキイワードのひとつだからもちろんリスペクトです。「真正」の方が「うちが正しい!」っていう感じでキリスト教的謙虚とずれます。
でも外部の人がうっかり書いちゃうのは別に失礼ではないのでは。

どちらにしてもそんな字面の間違いをいいつらうような場所では私はお話しませんから(というより依頼もされないでしょうが)ご安心を。

http://www.setukotakeshita.com/

 

誤字のお詫び

 投稿者:小寄道  投稿日:2018年10月15日(月)08時11分33秒
  10月15日の竹下さんのブログを拝見して驚愕しました。
真生会館を「真正」として、小生のブログに記述していました(さっそく拙ブログは訂正しました)。
心よりお詫び申し上げます。関係者の皆さまには多大なるご迷惑をおかけいたしました。
たいへん申しわけありませんでした。
当掲示板でも、前回は正しく表記しているのですが、前々回には「真正」となっています。
生来の粗忽ものとはいえ、間違いは許されない固有名の誤記です。

竹下さんには、いらぬご心配をおかけしたようで、ほんとうにごめんなさい。
来たるべき真生会館の講演にも、小生の顔を出せるのか恥じ入る次第です。
歳のせいとは申せませんが、どこか弛緩していました。深謝いたします。
 

Sekkoさま

 投稿者:小寄道  投稿日:2018年10月14日(日)01時17分3秒
  ネラン神父の自筆の献辞だとして、竹下さんのお墨付きを得たので至極うれしいかぎりです。
もし、神父のサイン本に愛着があるのでしたら、プレゼントさせてください。
喜んで受けとってくださるのでしたら、それこそ神様のおぼし召しではないでしょうか。

信濃町周辺は、もともとS学会の聖地なんですか? なんといっても四谷怪談のお岩さんの神社、お墓?、それに慶応病院、東電病院(今は移転?)、文学座もありました。近くに文化放送もありました。
S学会は後発で、お金とコネの力にまかせて・・。いや止しましょう。

真生会館での講演が楽しみです。
新著は読了し、いま『無神論』を少しずつ読んでいます。


 

小寄道さま

 投稿者:Sekko  投稿日:2018年10月13日(土)23時30分22秒
  ブログ拝見しました。おお、ネラン神父の自筆の献本ですね。

こういうサインの文字、きっと普通のフランス語の筆跡もこんな感じだったのだと思います。
フランスには学生などがタイプライターを使う文化がなかったので、一昔前は神父さんたちもはじめとしてほとんど凹凸のない筆跡がおおく、手紙を前にしてまず内容を想像してからそれに当てはめてやっと解読なんてこともありました。なつかしいです。

私のブログをまとめて出版してくださるという方は、実は、ネラン塾の塾頭をしていた方で「エポペ」の初代社長をなさっていた方でもあります。
お知り合いになった後でそのことを知り、奇遇だと思いました。
めぐりあわせとは面白いですね。

真生会館は便利なところなどでどうぞ。S学会の「聖地」にカトリックの飛び地があったなんて私もまったく知りませんでした。(普通のところなら特に書きませんが、信濃町ということで、わざわざ「カトリック真生会館」とご報告する時もあります。でもそれは「S学会の会員でない方でもどうぞ」の意味なんですけれど…)

http://www.setukotakeshita.com/

 

Sekkoさま

 投稿者:小寄道  投稿日:2018年10月13日(土)14時22分16秒
  ネラン神父のこと、小生のブログにちょっと書きました。ご笑覧ください。
このたびの真正会館での講演会、信者でなくとも参加できるとのことでしたので予約しました。楽しみにしております。

毎日のブログ、拝読していますが、内容が広く濃く深く、コメントを書く余裕がないほど、付いていくのがやっとの状態です。
「ヴェズレー」のあたりから、置いてけぼりをくってしまいました。ヴェンダースやアズナブールのとき、コメントを書けるチャンスはあったのですが・・。
読む方は楽ですが、毎日の執筆ほんとに竹下さんは凄い! とにかく頭がさがります。
どうか、お体を大切になさってください。

 

Sekkoさま

 投稿者:小寄道  投稿日:2018年 9月18日(火)04時23分46秒
  「泣く」セラピーが大はやり,なんてわたしも初めてきく話です。
涙を流す精神の浄化作用はたしかに一時、健康を保つために必要なことだと業界メディアでも喧伝されていたかな・・。
今は、感情を抑制することがクールな時代らしいですから。
でも、「泣く」ことのセラピーそのものは、感情のコントロールが得意の、役者や演劇関係のかたが運営したとしたら、けっこうな集客で評判をよぶと思います。

勝手なパリへの思い込みを書きすぎましたね。フランスの「知」に対して貪欲な若い頃の「竹下節子」像を勝手に想像したのです。ごめんなさい。

「若い頃にネットがなくてよかったと思います」との実感は、ほんとにそう思いました。
ピーター・ドラッガーが警告していました。
ネットでの情報の出し入れは「知の蓄積」と「知の整理」を自分でこなしたとカン違いさせる、と。
そんな身も蓋もないことを言っています。でも、確かにとても怖い、取扱い注意なしろもの、それがネットなんでしょうね。

一方で、書くことの習慣や、ある種のコミュニケーション能力の獲得を、客観的に確認でき、追体験もできる。そんなネットの効用も見過ごせない。

両刃の刃的な要素もありますが、とにかくSekko様には末永くブログを続けられるよう、祈るのみであります。

ブログの内容をまとめて出版するなんて、これはもう興味津々です。
どんな編集方針でコンテンツを整理するか、それだけでも編集者なら何時間も話し合えるおいしい話題。
これはファンの端くれとして、ボランティアで編集に携わりたい気持ちが湧いてきました(マジで)。
愉しみがまたひとつ生まれました。

 

小寄道さま

 投稿者:Sekko  投稿日:2018年 9月17日(月)06時54分52秒
  これを読んだ後、夕方の公営放送のニュースで日本のことをやっていて、日本では働いている人のストレスが大きすぎて、「泣く」セラピーが大はやり、というのを紹介していました。子供が死ぬとかの悲しいフィクションの映像を見せてみんなで涙を流してすっきりするという催しです。

私は日本の雑誌をネットで定期的に読んでいますがそんなものを知りませんでした。でも、まるで日本で大はやり、みたいな報道のされ方で、今は日本やフランスの30代くらいのジャーナリストが、ステレオタイプかサブカルみたいなものばかりを拾っているのでしょうか。

コレージュ・ド・フランスは今でも、登録もなしで無料で誰でも行けるのでその文化価値は素晴らしいと思います。昼間はリタイアしたシニアが多いです。
私は学生時代、ソルボンヌの講義もいろいろ聴講しようと登録していましたが、階段教室で教授も点にしか見えなくて、集中できませんでした。ルーブル美術館付属の学校にも聴講生として通っていましたが、これもスライドが多くて暗くなるとよく居眠りしてしまいました。でも聴講生カードを持っているとすべての国公立美術館博物館は無料だったので続けましたが。

日本の大学院ではずっと少人数のクラスばかりだったので数が多いクラスは無理だったのです。一番長続きしたのは高等研究所でした。

思い出はいろいろありますが、この先「パリ語り」というのは多分しないでしょう。
今は多くの方がブログやFacebookで情報を発していらっしゃいますし。

若い頃にネットがなくてよかったと思います。
きっとせっせとブログなどを更新することで満足して片端から忘れていったかもしれません。猫ブログとかイラスト・エッセイのブロガーになっていたかも。

今でも、ここ10年ほどブログを書くことで、覚書のつもりだったのに、何となく記録したことで安心して、何を書いたかどんどん忘れていきます。何か興味があることができて日本語で検索してみたら自分のブログが出てきたりというのもよくあります。

でも、ブログを愛読してくださっている方もいらっしゃるのでがんばって続けます。
(ブログの内容をまとめて出版したいと言ってくださる話もあるので期待しています)

http://www.setukotakeshita.com/

 

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